KOSMOST 編集部が読んだ“おすすめ本”ライブラリー。
微生物が愛らしくなる本を紹介します。
ライブラリー 005
『日本発酵紀行』
小倉ヒラク 著, D&DEPARTMENT PROJECT, 2019年5月24日
発酵と、それにかかわる人間たちと
小倉ヒラクさんは、「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」発酵デザイナー。東海、近畿、瀬戸内、東北、九州……。さまざまな地を旅する著者の視線を通して、微生物による発酵の働きの多様さを、あらためて気づくことができます。
この本で特筆すべきは、微生物と関わる「人間たち」の物語かもしれません。
蔵や工場のなかで日々微生物という目に見えない謎の存在に向かい合って、悪戦苦闘している。人間の言葉が通じない微生物たちに己を委ねることによって、味わい深い食べ物をつくりだしていく
彼らに言わせれば、つくるのは人間ではなく微生物。人間は微生物たちの働く環境をつくるサポート役であるにすぎない
微生物は、肉眼で見えないほどの小さな生きものですが、私たちにとって、これほど大きな存在は、他にないかもしれません……。
旅して、旅して、きづいたこと
ページをめくるたび、私の中にも、ある人の言葉がよみがえってきました。
それは以前、仕事でお世話になっている石川県にある農業法人さんの畑にお邪魔したときのこと。
広大な無農薬畑を案内された私は、雨の日も風の日も、作物の状態を見ながら育てるお仕事は、さぞ大変なことだろうと思っていました。
しかし、農事法人の若き代表さんは、笑顔で「農家に生まれてよかったと思います。自分は生かされているな、としみじみ思います」と、言うのです。
生かされている?首をかしげた私に、代表さんは少し戸惑った様子で言いました。
「いや、だって、畑の土も、水も、自然から分けていただいているものですから。それを使わせてもらって作物ができる。それを人が食べる。まさしく、生かされていると感じます」
自然と、人間と、そして微生物と。それぞれが協働しているから、私たちは生きていくことができるのだと思います。しかし、それを忘れそうになるほど、忙しさに追われてしまう事もあります。
小倉ヒラクさんも、発酵デザイナーとして活躍するいっぽうで、旅が仕事の一環となっていき、かつての自分が得ようとしていた「未知なるもの」への視点が薄れゆくことを感じていました。
しかし、発酵と出会う旅 ――金山寺みその醸造蔵に入って微生物のリズムを感じたり、都美人の蔵仕事に参加した後の酒の味に驚嘆したり、「藍の首都」徳島で染色と発酵の関係を知ったり―― を通して、“旅して旅して旅した末の究極の風景は、雄大な自然でも壮麗な神殿でもなく、自分の心象風景なのかもしれない”と気づきます。
そして小倉ヒラクさんは、こう語ります。
人間は魚をつくりだすことができない。生み出すのは水。作物をつくることもできない。つくるのは土だ。
人間は、人間の力だけで生きているのではない。当たり前だけれども、大切な事を思い出させてくれた1冊でした。
【微生物とよく暮らすKOSMOSTライブラリー:バックナンバー】
001:『見えない巨人―微生物』
002:『細菌ホテル』
003:『マイクロバイオームの世界――あなたの中と表面と周りにいる何兆もの微生物たち』
004:『微生物のサバイバル1・2』
005:『日本発酵紀行』 (現在の記事)
006:『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』
007:『あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた』
008:『ととのう発酵』ディスカバー・ジャパン2021年7月号
009:『もやしもん』
010:『最終結論「発酵食品」の奇跡』
011:『世界一やさしい!微生物図鑑』
012:『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』
013:『図解でよくわかる 土壌微生物のきほん: 土の中のしくみから、土づくり、家庭菜園での利用法まで』
014:『土と内臓―微生物がつくる世界』
015:『ノーマの発酵ガイド』
016:『生物と無生物のあいだ』
017:『発酵の技法 ─世界の発酵食品と発酵文化の探求』
018:『人体常在菌のはなし ── 美人は菌でつくられる』
019:『生物から見た世界』
020:『麹本: KOJI for LIFE』