発酵研究人“はっこうちゃん。”がバレンタインデーにあわせて楽しいコラムを書きました。あの甘くておいしいチョコレートが、じつは発酵食品であることをご存じでしょうか?
カカオという稀な植物を活かす人類の英知
口に入れたとたん、舌の上で溶けるチョコレート。人間の体温に近い温度で溶ける、珍しい食べ物です。チョコレートを構成しているカカオの油脂は、約25度以下では結晶になるのに、人肌で溶けるという唯一無二の特徴を持っています。
チョコレートの製造過程で、カカオの油脂は6種類の結晶になるそうですが、人肌で溶ける結晶は何と1種類しかないとか。それを活かすために人類が開発した技術がテンパリングです。チョコレートを溶かして再度固めるときにする温度調整のこと。ショコラティエがチョコレートを混ぜたり、ヘラで平面に塗って何度も冷ましたりする姿を目にしたことがあるかもしれません。約50度でチョコレートを溶かし、26度くらいまで冷やして、後にまた約31度まで温め、それからゆっくりと約20度まで冷やす複雑な工程です。この技術を開発するまでに多くの時間と研究が費やされたようです。
歴史をさかのぼると、人類は約5000年前からカカオを食べていたそうです。当時のエクアドルではカカオの果肉を発酵してお酒にしていましたが、その頃からカカオの試行錯誤がはじまったと思うと、気が遠くなるような努力ですね。
日本では発酵することはできないカカオの実
世界的に流通しているチョコレートは、原料のカカオを発酵して作られていますが、日本では発酵の現場を目にすることはありません。日本ではカカオが育たないからです。カカオは、赤道近くの熱帯雨林で育てられます。収穫した実は渋く、また繊細なので、そのまま置いておくと品質が悪くなってしまいます。
そこで、登場するのが発酵技術です。新鮮なカカオの実をバナナの葉に包んだり、木桶の中に入れてバナナの葉をかぶせ、重石をするなどして、約5日間発酵させます。
酵母・乳酸菌・酢酸菌の3種類の発酵が同時進行
発酵がはじまると、カカオの実の周りについている白い甘い果肉をエサにして、酵母が活動してアルコールを出します。また酢酸菌、乳酸菌も活動をはじめます。美味しいチョコレートには前駆体と言われる香り成分や味の元があるのですが、それはカカオの種子の成長が止まる、つまり、カカオの発芽がなくなった後につくられます。その状態をもたらすために欠かせないのが微生物発酵によって作られる酸とアルコール、そして発酵熱です。発酵なしにチョコレートの魅力的な香りは語れないのですね。
チョコレートの良さを引き出す発酵ですが、過発酵は良い結果をもたらしません。カカオ豆が発酵し続けると、種子のなかに残っているカカオニブ(胚乳)までも分解されて、雑味が増えてしまうようです。一定の発酵を経て、次に重要となるプロセスが乾燥です。この乾燥も産地で行います。カカオの風味が地域ごとに異なるのは、地域に住んでいる微生物も関係しているからなのですね。
チョコレートに期待したいウェルネス効果
くらしの中で至福の時間をもたらしてくれるチョコレートは、美味しいだけでなく、ウェルネス効果も期待できそうです。腸内環境を整える食物繊維や、抗酸化作用のあるポリフェノールが含まれています。でも、摂りすぎは禁物。カカオに含まれるテオブロミンやカフェインがもたらすからだへの刺激は、人によって差がありますのでご注意を。チョコレートはごほうび程度にいただくのが良さそうですね。
カカオ豆を発酵してマイチョコレートを作る夢を見そうです。
参考文献
『発酵の技法』(Sandor Ellix Katz著/水原文訳、オライリー・ジャパン)
『月刊たくさんのふしぎ ひと粒のチョコレートに』(2021年4月号、佐藤清隆、福音館書店)
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