自転車トラック競技で活躍中の梶原悠未さん。2021年は東京五輪・世界選手権・チャンピオンズリーグに出場し、日本だけでなく世界に活動の場を広げています。欧州と日本を拠点にトレーニングを行っています。23年5月の全日本選手権では5種目優勝、6月アジア選手権では4冠を達成しました。24年夏・パリの金メダルを目指して、日々、厳しいトレーニングを重ねています。その母であり、マネージャーとして食事の管理などに携わる梶原有里さんの連載の第9回目。東京五輪を振り返りながら、当日にむけたメディア対応やレース直前の疲労調整などの取り組みについてのお話です。(2022年9月20日公開、2024年3月30日更新)
[ 梶原有里、世界への窓 第9回 ]
「笑顔」で晴れの舞台へ、オリンピック当日までの過ごし方
悠未が大学2年の時に「二人三脚でオリンピックでの金メダルを目指す」と決めて以降、私は、メディア取材があった時に「自分もメディアに出て、世間にさらされる緊張感を一緒に味わっていこう」と決めました。
「世間にさらされる」という言葉があるように、人前に出るためには相当の覚悟が必要です。自分の生活を誰が見ているかわかりませんから、普段からただ歩いている時でさえも気をつけなければなりません。私も一緒にメディアに顔を出すことで、悠未一人に世間から注目される負担や緊張を負わせないようにしたいと考えました。
メディアに出れば、足を引っ張る人も出てきます。そこで「結果を出せば、ごちゃごちゃと言われていたことも鎮まる」「メンタルを強くさせてくれてありがとう」ととらえなおし、自分たちの信念を貫くことを徹底しました。そうしているうちに、足を引っ張る人がいるのは自分たちがまだしかるべきレベルに達していないからだ、精神的にもっと上にあがれば何があっても気にならなくなるだろうと考えられるようになりました。
オリンピックの3ヶ月くらい前に、シドニーオリンピックで女子マラソンの金メダリストとなった高橋尚子さんと、対談する機会がありました。
対談後、高橋さんご本人に「高橋さんはどうして勝てたのか」とうかがったところ、「悔いの残らない練習をして、悔いがないと思ってから毎日寝るようにしていた」と教えてくださったのです。それ以降、寝る前には「悔いないね?」と私が聞いて、「はい、今日は悔いないです」と悠未が意識的に言葉にするのが日課になりました。
悔いのないパフォーマンスをするためには、疲労を抜くことも重要です。特にレース1週間前からの調整はとても難しく、疲労が残りすぎると調子をピークにもっていけず、かといって抜きすぎると身体が鈍ってしまいます。また、筋肉疲労だけでなく神経疲労もあります。神経が疲労するとパフォーマンスが一時的に落ちるため、自分が弱くなったと勘違いしてしまいます。
そこで、悠未と相談しながら練習量を調整するだけでなく、神経疲労にも気を付けて、レース直前には不要なタイム測定をしないといった工夫をしました。その結果、レース当日はよくピークをあそこにもっていけたというくらい上手くいきましたね。
いよいよオリンピックが前日まで迫ってきましたとき、これだけトレーニングをしても、やはり緊張しました。お互いに気を遣って不安は口に出さないようにしていました。でも、これだけ一緒に過ごしてきましたから、お互いに緊張していることがわかるんですよね。悠未も緊張していました。そこで最後に二人でこのようなことを話しました。
「オリンピックは自転車をはじめてからの9年だけではなく、悠未の生きた24年間の“答え合わせ”。だから、結果がどうあれ、答え合わせをするだけだね」と。「もしメダルが獲れなかったら、もう1回ゼロからやり直して、また頑張っていけばいい。メダルが獲れたらラッキーだよね」という感じで、お互いフラットな気持ちで当日に臨みました。
オリンピックの様子を見ていて気づいたことがありました。それは、金メダルを獲得する選手はみんな笑顔だ、ということです。入場する時から緊張している選手と笑顔の選手がいて、笑顔ですごく楽しそうにしている選手が最後は金メダルを獲っていく。その時に「あっ、これは楽しんだ人が勝つのだな」と思いました。
そこで、悠未に「金メダルを獲した人はみんな笑顔だったよ。最初から笑顔で会場に入りなさい」と話をしました。すると悠未は、会場に入った時から笑顔ルンルンで、「悠未ちゃん、そんなにやにやしていて大丈夫?」とスタッフに言われるほどでした。
笑顔でいると緊張がほぐれ、ひらめきが起き、動きが良くなるようです。笑顔は本人だけでなくスタッフにも相乗効果があり、ニコニコしてする方がスムーズになるんです。口調が強くなると周りもピリピリしてきて、それが選手にも伝わってしまいます。「できるだけ笑顔でほぐすようにしつづけていた」と、試合後に悠未が話してくれました。
次回のコラムでは、東京オリンピックを終えてからのことを中心にお話したいと思います。
執筆:梶原有里 / Kajihara Yuri
プロフィール
自転車競技で活躍中の梶原悠未選手の母であり、マネージャー。2児の母として子育てに取り組むとともに、長女、悠未さんのサポートを通じてスポーツ・マネジメントを学ぶ。現在は、悠未さんのマネージャーとして、練習のサポート、取材の対応、そして毎日の食事の管理に携わる。スポーツフードマイスター。アスリート栄養食インストラクター等の資格を取得。JADP認定メンタル心理上級カウンセラー。
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【バックナンバー】
[梶原有里、世界への窓 第1回] 銀メダルからの挑戦
[梶原有里、世界への窓 第2回] マネージャーとして母として“食の大切さ”を思う日々
[梶原有里、世界への窓 第3回] 世界的アスリートの子育てポイントは「体験」と「興味」
[梶原有里、世界への窓 第4回] 世界的アスリートを育てた食事法
[梶原有里、世界への窓 第5回] 世界的アスリートが実践する海外遠征時の食事法
[梶原有里、世界への窓 第6回] オリンピックを決めた「ある一言」とひとつの挫折
[梶原有里、世界への窓 第7回] 高校入学を機に水泳から自転車へ転身、オリンピック金メダルを目指す
[梶原有里、世界への窓 第8回] 脳のトレーニングでオリンピック・レベルの精神力を鍛える
[梶原有里、世界への窓 第9回] 「笑顔」で晴れの舞台へ、オリンピック当日までの過ごし方(現在の記事)
[梶原有里、世界への窓 第10回] オリンピック銀メダルからの新たな挑戦
【梶原有里 イベント・レポート】
自転車アスリートの食事を梶原有里さんに学ぶ ~KOSMOST発酵ダイアログJANレポート
【梶原有里さん、梶原悠未さん インタビュー連載】
自転車競技世界女王・梶原悠未 トップアスリートのライフスタイル(1)
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