「微生物」は、古くから暮らしに関わり深いパートナーです。実は、伝統的な染色である「藍」にも関係しています。その「藍」を、東京神田のビル街で育て、子供たちと染色するなど学び楽しむプロジェクトがはじまっています。今回は、プロジェクトを推進する一般社団法人「遊心」代表理事の峯岸由美子さんによるフォト日記の4回目。 今月は春からを振り返りながら、育まれる藍と街のコミュニケーションについてご紹介します。
【2021年10月某日】
この春より神田で藍を育て始めて、はや6か月。ここまでいろいろな道のりがありました。藍は一年草なので、もうすぐ中間地点というところでしょうか。流れをおさらいしたいと思います。
3月の大安の日に藍の種まきをするとよい、と言われます。神田藍も3月に育苗を開始しました。5月頃までは、直播(じかまき)ができますので、神田藍の会のメンバーには栽培キット(種と生分解性ポット、有機培養土等)をお渡しし、ベランダ、屋上、庭、玄関などで育ててもらいました。2週間ほどで発芽しますが、最初はカイワレ大根のように華奢な苗です。これを植え替えし、間引きを繰り返して大きくしています。間引き苗も他の場所で育てることができます。
今年はこの時期に、発芽後の成長がよくなかったり、ナメクジに食べられたりと手入れに苦労しました。育つ場所が違うと、太陽の当たり具合、水はけ、風の通りが違います。同じ街の中でも、やっぱりそれぞれの藍の成長も違いました。
(写真)育苗(いくびょう)の様子。
6月を過ぎると最初に植えた苗が、大きくなります。
藍は育つと1mくらいまで成長しますし、株が増えていきます。そこで、神田藍では、間引き苗や株を、会社のスタッフやお知り合いにお裾分けして育ててもらっています。これを「里子」と呼んでいます。
その植え替えの際に、根っこが土となじみ、しっかり根張りしてからお渡しするようにしています。藍は丈夫な植物と言われていますので、2-3日で、しおれていた葉が、またグンっと元気になるのがわかります。土の中の微生物が活発に活動しているのかもしれませんね。
(写真)間引き
7月~8月に1番刈り、2番刈りをしました。この頃に生葉染めの体験ができます。
9月に入ると、あれよあれよという間に花穂(はなほ)が伸び始めます。
この花穂から小さな藍の花がひとつふたつと咲き始めるのです。神田では11月くらいまでこの時期が続きます。
そして、花が茶色くなると、花のひとつひとつに茶色の小さな種ができます。この種を取り、来年の藍へと引き継いでいきます。藍は1年草のため、種をとったら根元から刈り取り、葉が残っていたら乾燥させます。この葉も来年また染めに利用できます。
12月には土を休ませて、次の春のための準備に入り、また3月の大安に種まきが始まる・……。この営みが繰り返されます。1年中、藍を楽しむことができるのですね。
(写真)刈り取り
神田藍プロジェクトでは、街中のあちらこちらで藍を1年かけて育てていきます。藍が媒介となり、今までになかった出会いや、聞かれなかった会話が、街に増えはじめています。
たとえば、ある方は、玄関先で、藍を育てています。ある日、通りすがりの若者達が近づいてきて、「これはバジルの葉っぱですか?」と聞いてきたそうです。「藍なんですよ。これはね・・」と、神田藍をきっかけに話が弾んだんですよと報告してくれました。
神田で古くから美容室を営んでいる方は、「毎日枯れた葉っぱも取って、ポットの横に干しているの。そうすると通りすがりの方が、これなんですか?て聞いてくるのよ」と、ザルに入れた乾燥葉をみせてくださいました。
リモートワークで神田の街に通わなくなったスタッフの方々に、里子苗を送ってくださった会社の社長や、樽に藍を植えて、スタッフの皆さんと楽しんでくださっている酒問屋の社長もいます。
(写真)稲荷藍
多様な人々が行きかう都会の街で、「今日、藍の様子どう?」と会話が広がっていく。わざわざ集まらなくても、藍が育つプロセスとともに、日常の中で小さな会話が生まれていく。藍を媒介にして、人と人の顔の見える関係が結ばれていく。
藍は、土の中の微生物が植物を育ててくれるのと同じように、街が柔らかく育っていくことを助けてくれているようです。そしてポットの中の神田藍は、その土と微生物たちとともに、街の様々な場所に広がっていき、街の人を笑顔にしてくれているのかもしれません。
先日、神田藍の活動をご覧になった別の地域の方が、「私も藍を育て楽しみたいです」と、神田に藍を受けとりにやってきて、里子苗をお持ち帰りになりました。今まで神田に足を運ぶことのなかった方が、神田に降り立ったことも、藍のおかげ。ここから飛び立った苗と土が、今度はどんな会話のきっかけになるでしょう。育てながら神田を思い浮かべてくださる時があれば、地域の方たちも喜んでくださると思います。
神田藍が育つにつれて、神田の街で人と人、人と植物とのコミュニケーションが、少しずつ育まれてきていることを実感しています。
次回、11月は、藍の花をご覧いただきます。
【藍が織りなす”発酵”いろいろ 神田藍日記シリーズ バックナンバー】
0: 藍が育む「自然と人間と地域の発酵関係」とは? ~神田藍プロジェクト
1: 神田藍日記7月 ~人と自然と~
2: 神田藍日記8月 ~植物と街の記憶~
3: 神田藍日記9月 ~自然界のグラデーション~
4:神田藍日記10月 ~育まれる藍と街~ (現在の記事)
5:神田藍日記11月 ~育つ場ごとに多様な花色へ~
6:神田藍日記12月 ~土と微生物と、めぐる藍~
【うつくしきこと:「ジャパンブルー・藍」シリーズ】
日本の美と微生物 1 「ジャパン・ブルー 藍のはじまり」
日本の美と微生物 2 自然と人と、藍のうつくしさ