藍染めは、日本独自の文化と思われがちですが、そのうつくしい青色ははるか昔の時代から世界の人々を魅了し、世界のさまざまな地域で独自の藍染めが発達してきました。そのルーツは紀元前にまで遡り、あのツタンカーメンのミイラにも藍染めの布が使われています。そこで、藍染めと微生物の関係を語る前に、その基本知識ともいえる染料となる植物と代表的な染色手法についてご紹介したいと思います。
さまざまな植物を用いた世界の藍染め
藍染めの染料には世界中でさまざまな植物が使われています。分類的にもマメ科であったり、タデ科やアブラナ科であったり種類はいろいろ。共通する特徴としては、鮮やかな青色となる色素を豊富に含んでいることがあげられるでしょう。
世界でもっとも古く、そして広く藍染めに用いられている植物がインドアイです。ジーンズやデニムに使われる染料、インディゴ(indigo)の名は、このインドアイに由来します。現在ではインディゴはほとんど合成染料になってしまいましたが、そもそも藍もインディゴも同じ染料なのです。
このインドアイは、その名のとおりインドが原産地です。日本でも沖縄や奄美に自生しています。「木藍」(もくらん)とも呼ばれ、染料として利用され始めたのは紀元前2000年頃といわれています。色素成分が豊富であり沈殿法という手軽な手法で染色できるため、次第に世界各地へと広がっていきました。
一方、ヨーロッパでは古くからウォードを使った藍染めが行われていました。このウォードは、ユーラシア大陸に広く分布するアブラナ科の植物です。ウォードを使った藍染めは、中世の時代には一大産業にまで発展したそうです。しかしその後、アジアから来たインドアイの普及によって急速に衰退してしまいました。
日本の藍染めに利用されているのはタデアイです。身近な野草であるタデ科の仲間の植物であり、原産地は中国またはインドネシア半島といわれます。中国から朝鮮半島を経て、日本には奈良時代に伝来しました。
このほか、沖縄では古くからリュウキュウアイが栽培され、独自の藍染めが伝わっています。このリュウキュウアイは、インドのアッサム地方が原産といわれ、温暖な気候を好む植物です。
発酵から生まれる、鮮やかな藍色
このような植物を使った藍染めの手法にもいくつかのタイプがあります。
そのもっとも簡単な方法が「生葉染め」でしょう。タデアイなどの生の葉でジュースをつくり、そこに布を浸すというシンプルな手法です。家庭菜園などでタデアイを栽培すれば、ミキサーなどを使って家庭でも手軽に藍染めを行うことができます。また、生の葉に布をあててたたく「たたき染め」という手法もあります。
世界で一般的に行われている藍染めの手法が、先にも少しふれた「沈殿法」です。
まず刈り取ったアイを数日ほど水に浸して発酵させます。次に葉を取り除いた溶液に石灰を加えて攪拌し、染料となる成分を沈殿させます。その沈殿物をそのままペースト状、もしくは乾燥させて利用するのです。この手法は「沈殿藍」や「泥藍」(どろあい)とも呼ばれています。
このような世界的な流れとは異なり、日本では、「すくも」を用いた独特の手法が古くから伝承されています。中国や朝鮮半島でも「沈殿法」による藍染めが行われおり、なぜ日本に「沈殿法」が広まらなかったかは謎です。この手法は、すでに平安時代には行われていたようです。おそらくタデアイという植物や日本の風土と相性がよかったのでしょう。
たいへんな労力と時間を要する手法ですが、この技術が存在したからこそ、藍染めが一大産業として発展し、日本ならではの文化として人々の暮らしをうつくしく彩ることができたのです。
この「すくも」とは、タデアイの葉を発酵させてつくるものです。そのとおり、この藍染めでは微生物たちがなくてはならない役割を果たしています。その詳しい手法については次回のコラムで紹介しましょう。
【うつくしきこと:「ジャパンブルー・藍」シリーズ】
日本の美と微生物 1 「ジャパン・ブルー 藍のはじまり」
日本の美と微生物 2 自然と人と、藍のうつくしさ(現在の記事)
【藍が織りなす”発酵”いろいろ 神田藍日記シリーズ バックナンバー】
0: 藍が育む「自然と人間と地域の発酵関係」とは? ~神田藍プロジェクト
1: 神田藍日記7月 ~人と自然と~
2: 神田藍日記8月 ~植物と街の記憶~
3: 神田藍日記9月 ~自然界のグラデーション~
4:神田藍日記10月 ~育まれる藍と街~
5:神田藍日記11月 ~育つ場ごとに多様な花色へ~
6:藍が織りなす”発酵”いろいろ ~土と微生物と、めぐる藍~ 神田藍日記12月
参考文献・サイト
http://www.japanblue-ai.jp/about/index.html
『地域資源を活かす 生活工芸双書 藍』(吉原均、他 著, 農山漁村文化協会)