風邪やインフルエンザになった時、抗生物質にお世話になったことのある方は少なくないのではないだろうか? 抗生物質とは、病原菌などの微生物やウイルスの増殖や生理機能を阻害する化学物質であり、感染症の治療などに広く用いられている。
しかし、微生物の中には、そうした抗生物質に耐性を獲得する、いわば「薬剤耐性進化」をする多剤耐性菌が出現していて、世界的な問題になっている。つまり、これまで効果のあった抗生物質が効かなくなってしまうのだ。そうした観点から、微生物の「薬剤耐性進化」のプロセスを明らかにする研究の重要度は増すばかりだ。
この度、理化学研究所 生命機能科学研究センターと、東京大学大学院 理学系研究科の共同研究チームは、微生物の一種である大腸菌の「進化実験」と「データ解析」をおこなった。この結果、大腸菌が薬剤耐性を得る進化メカニズムが明らかになってきた。
この研究では、まず、大腸菌への薬剤添加と植え継ぎを長期間おこない、その過程でどのように突然変異が起こり、薬剤耐性を獲得するかを調べる「進化実験」を実施した。これまでは、人の手でおこなえる実験数の少なさなどにより、使える薬剤の種類も限られていたが、共同研究チームでは、ラボオートメーションを用いた「進化実験ロボット」を開発。これまでになかったスケールでの進化実験が可能となった。こうした技術開発により、大腸菌の耐性獲得を抑制する157の薬剤の組み合わせが発見され、これらの中には新しく判明した組み合わせも多くみられた。
次に、大腸菌がどのように薬剤への耐性を獲得したのか、メカニズムのデータ解析がおこなわれた。これまでは、そのデータ量そのものが膨大でノイズも多く、解釈が難しかった。研究チームは、新たな機械学習の手法を開発することで、薬剤耐性変化の予測に重要な213もの遺伝子を明らかにした。さらに、今回の解析によって、大腸菌が薬剤耐性を変幻自在に獲得できるわけではなく、むしろ限られた少数の耐性化戦略しか潜在的に備えていないことも判明した。
今回の実験から得られたデータや解析手法は、微生物の進化過程を予測・制御するための基盤になると考えられる。それによって、抗生物質に対する病原菌の耐性進化を抑制する手法の開発に加え、工学・農学分野における有用微生物の育種への応用などが期待される。
Reference:以下の情報を参考に作成しています
理化学研究所に掲載のプレスリリース(2020年11月24日)より編纂
https://www.riken.jp/press/2020/20201124_3/index.html
[ ここに注目 by KOSMOST編集部 ]
KOSMOST では、「微生物のこと( https://kosmost.jp/category/microorganisms/ )」を中心に、「人間と微生物との関係」について、コラムを通じて紹介しています。
人間と微生物の関係のひとつに、人間と病原菌とのたたかいの歴史があります。感染症などの流行とそれに対するワクチンや抗生物質の開発は、その一例といえるでしょう。
今回の前田特別研究員や古澤力チームリーダー、岩澤大学院生らの研究グループの研究成果は、薬剤耐性菌とたたかうための研究の基盤づくりに貢献されています。
一方で、人間と微生物の嬉しい共存・共生関係があることも忘れてはならないのではないでしょうか。
現に、私たちの体は多種多様な微生物によって生かされており( https://kosmost.jp/microorganisms/body_lactic_bacteria/ )、「善玉菌」と「悪玉菌」を例にとっても、単に悪玉を排除して善玉だけを増やせば良い、というわけでは必ずしもありません。
KOSMOST では、このような善悪などで割り切れない私たちと微生物との関係や多様さについて、その難しさを含めて向き合っていきたいと考えています。