「旅・写真・ごはん」をテーマに、世界中を旅する「旅行家・写真家・食事家」、石黒アツシさんが発酵食品を語るコラム。今回は石黒さんの故郷でもある山形県置賜(おきたま)地方に伝わる伝統的な発酵食品、塩麹納豆を紹介します。
ひきわり納豆を麹で2次発酵した塩麹納豆
私は生まれてから小学校2年生まで、山形県西置賜郡小国町という山間の小さな町で育ちました。相当な豪雪地帯ですが、春になればあちこちに花が咲いてとても美しい土地です。
むかしから納豆は好きです。でも、ただただ食べているだけで、なにも考えることもせずに食べていました。ところが最近、横山智さんが書いた『納豆の食文化誌』という本を読んでハッとすることがありました。山形県の置賜地方では「塩麹納豆」という納豆が食べられているというのです。「これは食べたことがある気がする」とピンと来たのでした。
山形県米沢市で作られている「雪割納豆」という商品は塩麹納豆です。その原型は地域で作られてきた「五斗納豆」と呼ばれている塩麹納豆だそう。銀座にある山形のアンテナ・ショップで購入してきました。
納豆は、藁についている納豆菌(枯草菌の一種)で発酵させて作ります。塩麹納豆は、一般的な方法で作られたひきわり納豆を使いますが、異なるのは、完成したひきわり納豆に、塩と米麴を使って追加発酵する点です。塩を加えているのであらかじめ塩味がついていますから、醤油やたれを必要とせずそのまま食べることができます。
たんぱく質とでんぷん質からの濃厚な旨味
パッケージを開けてみると、米麹納豆はあめ色に輝いていました。大豆のたんぱく質と米のでんぷん質が分解されて、旨味がたっぷりと濃縮されています。大根おろしやねぎといった薬味と一緒に、醤油はかけずに食べるそうです。
小ねぎを合わせてから、ご飯に乗せて食べてみます。これがまたご飯の甘さも相まってさらにおいしいのです。たしかに、子供のころに食べたのはこの納豆だったと舌が思い出しました。
さて、納豆は地方によっては「ハレ」の食としてお正月用に準備されたのだそうです。五斗納豆は、正月になると大豆を割って稲藁の苞(つと)に包んでこたつの中に入れて発酵させて、ひきわり納豆を作り、さらに米麹と塩を混ぜ合わせたら瓶に入れて春まで発酵熟成させて作り、春の農繁期の忙しい時期の栄養源としていたのだそうです。厳しい雪深い季節に、春の準備をしていたんですね。
塩麹納豆入りの納豆汁を作る
雪割納豆入りの即席納豆汁も購入してみました。納豆汁はひきわり納豆または納豆をすりつぶして味噌汁に入れたもの。ほとんど納豆とわからないほどすりつぶすのだそうです。即席納豆汁の素はあらかじめ雪割納豆をすりつぶして味噌と合わせたものです。
見た目は味噌です。出汁で煮た具に加える前に、だし汁で伸ばしました。全く納豆の姿は見えないのですが、香りだけはしっかりと納豆です。
具は油揚げ、こんにゃくに豆腐。それに三つ葉を飾りました。汁を口にすると口いっぱいに納豆の香りが広がり、味噌だけでは生まれない奥深い旨味がおいしい。「あぁ、これはありがたいな、体に沁みるな」と。そして、自分はこういったものを食べさせてもらって育ったのだなと、両親や祖母、置賜の地に感謝したのでした。
これを読んでいただいたみなさんにも、故郷の味があると思います。もしかしたらもう普段は食べなくなって、忘れているものもあるかもしれませんね。
[All photos by Atsushi Ishiguro]