イスタンブールは、ボスポラス海峡をはさんでヨーロッパとアジアにまたがる都市。「旅・写真・ごはん」をテーマに、世界中を旅する「旅行家・写真家・食事家」、石黒アツシさんが綴る今回のコラムは、この街で見つけた平焼きパンのお話です。街角で買った冷菜を薄いパンに包んで食べて……。うーん、おいしそうですね。
さまざまな人と食が交わるイスタンブール
トルコの首都イスタンブールは、ヨーロッパとアジアが交差する地理的な位置で、様々な文化が出会う国際都市です。トルコ人の他にも、クルド、アルメニア、アラブ、ギリシャ、アルメニアなどからやってきた人たちが多く住んでいます。
「ラヴァッシュ」と呼ばれるパンは中東からバルカン半島までの国々で食べられているフラット・ブレッド、平焼きパンです。ラヴァッシュを焼いて売るイスタンブールの店を訪ねました。
新市街で見つけた「エルジンジャン窯焼きパン」
イスタンブールを地図で見ると、海から内陸へ、川のように西から東へと入り込む金角湾が、街を南北に分けていることに気がつきます。南側が旧市街で、北側が新市街です。他の国から移り住んだ人たちがコミュニティを作ったのが新市街で、高低差がある坂の多い地域です。中世の裕福な人たちが広い邸宅を持つのには適していなかったのだそうです。
その新市街のアルバニア人が多く住むという地域にラヴァッシュを焼いて売る「エルジンジャン窯焼きパン」という名の店があります。
中に入ると、発酵を終えた生地を器械で薄くのばしていました。
ラヴァッシュの材料は、小麦粉、水、発酵種に砂糖と塩。ちょっとぷっくりと発酵した生地を薄くのばしたものを、更にのばしながら、今度は丸く盛り上がった形の座布団なようなものにのせます。
そして、真っ赤に燃える炭火の窯の内側に張って焼いていきます。窯で焼くやり方はインドのナンのようです。それにしても暑い。奥には焼きあがったラヴァッシュが積まれていました。
細い棒で、あっという間に焼きあがったラヴァッシュを取り出します。3人の女性がそれぞれ、生地をのばし、生地を窯に張り付け、窯から取り出すという流れ作業で焼き続けます。それにしてもチームワークも良ければ手際もいい。次々とラヴァッシュが焼きあがっていきます。
広げてみると、この大きさでこの薄さ。向こうが透けて見えるほどです。焼いたばかりでまだまだ柔らかいのですが、時間がたつにつれ乾燥してパリパリになります。
近所で買った冷菜を薄いパンに包んで
近所のグロッサリーで買ってきた「メゼ」を、ちぎったラヴァシュに包んで食べます。メゼは、野菜を使ったディップや、煮込んだ豆、ひよこ豆のペースト「フムス」といったトルコ料理の冷たい前菜です。
薄いラヴァッシュのいいところは、メゼの味がよくわかることと、厚くないのでいろいろなメゼを食べてもそれほどおなかがいっぱいにならないこと。それに手で食べる手食にもピッタリです。贅を尽くすオスマン帝国ならではのフラット・ブレッドということなのだと思います。
焼き窯を使って焼き上げるラヴァッシュは、それ自体小麦のいい香りが食欲をそそります。最近ではフライパンなどで焼くことも多くなったそうですが、生活する地域にこんな風に焼いてくれるお店があるのはある意味贅沢なことなのだなと、考えさせられました。
[All photos by Atsushi Ishiguro]